呂斗さんの作者ニュース

全体に公開
一応本気で書いてる
2018/4/12 (Thu) 23:44

序章 巨大なハルバード


***


「王国の興廃、この一戦にあり!」

 春の疾風冷ややかな戦場に響いたのは決死の鼓舞。ひしめき合う瞳の群れを刺激し、煮えたぎる闘志が煌々と揺れ動いた――少なくとも数千の人間の瞳には。
 フェルトハイムは、しかしそれは己の期待が見せた幻影かもしれないと瞬間思った。それは何かに似た鼓舞の声に弾け飛んだ。

「国のため家族のため、死力を尽くして戦うのだ!」

 スーリング大陸南部は春が到来してまだ間もない。烈風は依然として身を刺すような冷たさである。しかし越冬の時機を迎え平野部のほとんどに雪の姿はない。大地を支配しているのはどこまでも続く緑であり、遠い地平線に霞んで見える白く高き山だけが万年雪で白く染まっていた。
 テンシュテット王国軍の兵士達の表情は皆固い。それは決意というよりは恐怖によって強張っていた。各部隊の隊長や将軍達の鼓舞の声が彼らの士気を保ってはいるものの、やる気に溢れている者は殆どいない。現実から逃げるように必死にその声を聞いている者ばかりであった。
 ある兵士はまだ戦闘が始まっていないにもかかわらず手に持った武器をへし折らんばかりに強く握りしめている。ある兵士は俯いて血走った眼で地面を凝視しながら何かをぶつぶつと呟いているように見える。
 王都ルブレーを背に布陣した彼らを見、そしてフェルトハイムは正面を見た。眼前を薙ぐような直線の地平線、その一角が赤に染め上がっている。赤銅色の鎧を着ているグロス王国軍の軍勢が整然と布陣しているからだ。
 赤い鎧の数は、少なく見積もってもテンシュテット王国軍の二倍はあるという報告を受けている。赤を基調とした槌と捻じれ角の牡々しい山羊の旗の数も多い。春荒により激しくはためいているこちらの旗の三倍はあるのではないかというくらいに。
 街道から逸れた所に布陣している二つの軍勢は地平線まで見渡せる平原にいる。両軍を遮る障害物は何もない。

「フェルトハイム将軍」

 馬上のフェルトハイムを呼び掛ける声がすぐ後方から聞こえ、フェルトハイムは振り返った。まだ若い騎士が馬から降りて兜を脱ぎ、フェルトハイムを見上げている。耳には相変わらず味方を鼓舞し士気を保とうとしているそれぞれの部隊長の声が微かに聞こえてくる。そう、それは怒声によく似ていた。













ここまでが1ページ。ツイッターとかでもこの部分だけのワード画像を上げたりしてた。


これが自分の本気。とは言っても後で見直すともっと上手な表現がーとか、これは文章として読みづらいとか、話下手過ぎるとか、書き直す所はたくさん出てくる。

そうやって洗練していって現在のこれなのだけれど、多分また書き直すのだろう。

何故これを日記にあげたのか。正直自分にも分からない。

まあこうやって書いたりしてるんですよ、的な報告とでも思ってくれたら幸い。

あとはまあ、感想でもくれたら嬉しい。全然更新していない自分の知人がどのくらい残っているのかは分からないけれど。






ついでなので、ここで小説書いていた頃と違うポイント、つまりは本気を出して凝り始めた所を挙げてみたいと思う。



ともかく、地の文人称を統一させること。

当たり前だけど、一人称と三人称をごっちゃにしない。小説として売られているラノベにはごっちゃになってるものもあるけど、読んでて頭の中が混乱する。

もしかして主人公は世界の神って裏設定があって、だから地の文で一人称と三人称が混ざってるのか、なんて深読みした事もある。

三人称と決めた場合でも、またそれには種類がある。自分の場合は三人称であり、しかし地の文を語るキャラが存在している。つまり神視点などと呼ばれる地の文の語り部がその一つのキャラクターの心の中にいる形。


よって地の文での心理描写は一人の人間しか出来ない。もし他の人の心理描写したいなら、主観の人間の推測によるものになる。


一応複数の人間の心理描写を書く手法もあるらしいけれど、しかし人称の混同と同様に読み手が混乱する。

誰が話の主体となって進んでいるのか判別しづらいし、主語の省略が行われたものなら誰目線の地の文なのかが読み手によって異なるなんてことが起こるから。


よって自分は一人の人間によって話を進めていく手法を使っている。

書き方に制限は加わるものの、これはこれで面白い表現が出来てなかなか良い。

もしそれでも複数の視点から描写したい時、区切りをつける。その場合も細かく区切ると、例え「○視点」なんて目印をつけてもいいんだけどいまいち美しくない。

なら絶対に区切りが必要な時、つまり章が変わる時に自然に主観となるキャラクターを変えると、区切りを明記する必要もなく、また冒頭でいきなり主観描写を挟むだけで「あ、語り部が変わった」って読者に知らしめられる。




また同じ表現はなるべく使わない。

「超超超」みたいに強調する時はまあ別として、「しかしお腹が減った。しかし食べ物がない」とか「だから馬鹿だと言ったんだ。だから死んで当然だ」の「しかし」や「だから」みたいにするくらいなら「けど〜。しかし〜」や「だから〜。なので〜」と微妙に変える。

接続後が毎度同じ表現だと語彙が乏しいように見える……気がする。あえて倒置してみたり特殊な表現をしてみたりするのも手。「しかし食べ物がない――お腹が減ったのに」みたいな。




比喩表現は自分の個性を表すチャンス。印象づけたいなら拘る。自分だけの表現を考える。

ただ、それを後々まで続けなければならないので程々に。別に純文学を書きたいわけじゃないから、直感で浮かんだ言葉をもう一回捻るくらいが丁度いい。

じゃないと一箇所の比喩表現で一週間悩む事になったあげく、そこを削ったりする羽目になる。自分の身の丈に合わさないといつまでも前に進まない。




あと、「説明口調、お疲れさまです。」にならないこと。

例えアニメだろうとラノベだろうと、露骨な説明がいきなり挟まれるとやっぱり不自然。

地の文でだらだら語るのも物語の失速感に繋がる。

ラノベを読んで思うのは特にここ。説明が多すぎる。

別に説明自体は悪い事じゃないし、世界観の説明は読む側としても楽しい。

けど、繰り返されるとやっぱりだれるし、飽きるし、萎える。

そこを表現力で補ったり、語彙力で引き込んだりしている作品もある。そういうものは読んでても着にはならないけど、自分はどうせなら美しい文を書きたい。


その点で言えば純文学は参考になる。美麗さだけで言えば偏執と言えるくらいに拘っているから、ぐだぐだした説明なんてない。

どうやって物語の中で自然に世界の説明をするのか考え抜かれている。

どのように自然にキャラクターに語らせ、どのように自然に地の文に潜ませるのか。

それを見るとやっぱり純文学は凄いなってなる。書きたいとはこれっぽっちも思わないけど。あとあまり読みたいとも思わない。読み解くだけで疲れる。





と、ここまで語ったのだけれど、あくまでこれは個人的解釈であるし、正直拘る必要はない。

いや、本当にアニメ化したラノベとかも何冊か読んだ。が、上記の手法を完全に無視して自由に書かれているものが半分以上だった。

自分だって全部の文章でこれが貫いているわけじゃない。最初にばーっと書いて、後から手直ししているけど、上の小説部分を見てても分かるように有言実行出来ていない部分は多々ある。



つまり、書き方解説とかレクチャーとか、そんな上から目線で人様に語れる身分に自分はない。

まあ途中で既存の小説に対して色々上から言っちゃってるけど。あくまで個人的感想、個人的目標って事で、こういう考え方もあるんだなーくらいに聞き流して欲しい。



正直に言えばこんな制約を設けたものだから書くだけで結構辛い。

けれど、昔の自分の作品じゃ満足出来ない。

それだけの理由で、自分は書く。これからも。




もし、上で書いた自分の我儘な価値観が、一個でも共感出来た人の参考になればいいなって思う。







追記

一番上の小説部分が938文字。

そんでこの小説の書けている部分が、現在208,237文字。

あまり意味のない情報だけど、普段小説書いてても全然長続きしないから自慢させて欲しい。

コメント

呂斗


>もわさん
ここに書いてある事は自分にとってある意味正解です。しかし他人にとってこれが正解とは限りません。


自身の考えを他人に押し付けるには自分は未熟者ですので出来ません。こうやって日記にして参考にしてもらうくらいです。

暴走するにしてもせめて文豪や批評家レベルになってから、ですね。文豪はよく筆談とか対談で意見の殴り合いをしてますけど。


ただ、自分は制限をつけると面白くなくなるのではなく、制限をつけすぎたから身動きが出来なくなって面白くなくなるのだと考えています。

そもそも自分は、言葉という絶えず変化する生き物に制限を与えた結果の一つが小説だと思っています。その制限をどの程度にするのかはまた好みの問題だとも思っています。

自分の意見を言うなら、最初から最後まで決まった文で書くのもまた面白いと思いますよ。
4/17 22:47

もわ大明神


たまーにプロ目指してるんだかわからん方がこの手のそれで暴走しがちなんですよね(特に大手サイトだと)
あとは結局のところどんなによく書いても読者が理解できるかってのもあるので、正解は必ず一つでないのも感じたり。言葉は不定形な生き物のようなものだから、 必ず決まった文で定めてしまうと途端に面白味もなくなりますしね

4/14 08:59

呂斗


>もわさん
携帯小説はそれでいいんですよ。ゆるく楽しくやれたらそれで。

自分みたいに中途半端にマジになっちゃったら全然書けなくなりますし。
4/13 21:11

もわ大明神


ゆるかにもわもわとする私は本気で書くってことがなくなってたりする…
4/13 02:49

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