作品

ディアグラム(改)
第一話「勇者」
(37頁)
「走るな!押すな!慌てなくていいから、確実に進め」
「うわぁぁぁん、コワいよぉ」
「大丈夫よ。大丈夫だから、泣かないで」
 日頃ならば静寂に満たされるだろう時計の針が天を過ぎて久しい時間。場に満ちるのは、静寂ではなく喧騒。子どもの泣き声とそれをなだめる女性の声、そしてどこか固い男性の声と共にいくつもの慌ただしい足音が重なっていた。
 村の中央を横断する辛うじて馴らされた程度の整備がされた道では、松明に灯った明かりがいくつも列をなし、辺りを昼のごとく明るく照らし出している。
「落ち着いてください。押さないで、ゆっくり進んでください。……ふぅ、こんなに村の人って居たんだ。全員安全な場所に逃げるのに、一体どのくらい時間がかかるんだろう」
 道の脇で我先にと逃げたい村人の誘導に声を張り上げる男たちの中、アールは少しの休憩と汗をぬぐいながら周囲を見渡した。
 先に見える裏門には人が殺到しているが、徐々に人は流れている。
 村は外敵から身を守る為に外周を柵で囲われており、外に出るには街道に向いている正門か、正門から丁度正反対にある森の獣道に向いている裏門を使うしかないらしい。正門から出てしまうと狼と出くわす危険もあると裏門を通っているのだが、大勢を誘導するだけでも時間がかかっていた。道幅は二人三人ほどが並んで通れる程度で、歩みが乱れれば転倒するものなども現れる。避難をする人々の中には、足の遅い子どももいれば、足が覚束ない老人も混じっているのだ。
「『マニディール』の人たちが討伐に成功してれば、狼は来ないと思うけど。大丈夫かな」
 狼が村に到達するか可能性が低い、もし現れるにしても時間がかかるだろうということで、人々のまだ混乱が少ない。しかし緊張状態が長く続けば何が起きるか分からなかった。道中、誰かが走り出すだけでも、均衡が崩れてしまうだろう。

(37頁)
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著:Kookcat 先生

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